僕は、技術を習得ために、しばしば「マネする」ことが重要であると考えている。
では、どんな風にマネをすれば良いのか、考察してみる。
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マネをする意味を考えよう
物事の基礎を学ぶうえで、他人のマネをすることは、むしろ好ましいことである。
問題は、単なるモノマネなのか、マネを通じて自分のスタイルを作っていくかである。
引用:ナポレオン・ヒル:著「成功の哲学」
ナポレオンヒルが言うには、その人に「なりきることなど、できはしない」らしい。
どれだけ人のマネをしても、その人に「なる」ことはできないそうだ。
その理由は、人の個性は思った以上に複雑だから。
「なりきること」は、むしろ失うもののほうが多いらしい。
ナポレオンヒル自身、多才なジャーナリストの文体をマネして、自己満足に浸っていた。
しかし、友人が、「自分のスタイルが作れなくなるぞ」と警鐘を鳴らした。
この忠告のおかげで、ナポレオンヒルは、単なるサルマネを止め、自分の文章スタイルを確立したそうだ。
ただし、一時のマネが良い結果をもたらすこともあるようだ。
自分が目指すべき姿の人のマネは、有益になるということ。
では、マネをするうえで、重要なことは何か。
それが、先に引用した、「単なるモノマネにならない」ことである。
ナポレオンヒルは、「自分がマネしていると自覚すれば、自分を見失わずに済む」と言っている。
つまり、「なぜ、マネをするのか」を考える必要があるといえよう。
見てマネることの難しさ
僕自身、仕事で技術を身につけるとき、先輩社員のやり方を観察している。
しかし決して、マネはしないようにしている。
一度、先輩の「型」をマネたことがあるが、ことごとくできなかった。
それは自分の技術が未熟だからではない。
そもそも、先輩と僕自身の内部感覚が異なるからだ。
内部感覚とは難しく聞こえるが、ナポレオンヒルの言う「個性」と同義である。
単にマネをするというのは、その人のクセまでも再現しなければならなくなる。
これでは、技術を習得しようとしても、いつまでたってもできやしない。
そこで僕は、どうやったら先輩のような巧みな技術を身につけることができるかを考えた。
結論としては、「数をこなす」ことである。
どんな技術もそうだが、反復練習が大事。
先輩のマネをしようとも、そもそも経験値が足りなければ、できるものもできない。
まずは、自分なりのやり方を確立することが大切だと考える。
そのうえで、先輩のやり方や型を見て、「自分はこうしてるけど、先輩はこうしてるんだな」と記憶にとどめる。
するといつか、先輩と僕自身の技術にリンクが生まれる。
つまり、その技術の共通点が見出されるのだ。
このことから、僕が学んだのは、先輩のやり方をそのまま実践するのではなく、まずは自分でとことん反復練習してから、参考にすることだ。
ただし、これはあくまで技術の話。
ノウハウはむしろ、積極的にマネをするべきだ。
もちろん、自分がどのようなスタイルになりたいかを明確にしたうえで、マネをすることが大前提である。
マネは有益にもなりうるし、無益にもなりうる。
どちらに転ぶかは、自分次第だ。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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