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うつ病の苦しみから解き放たれたい人に読んでほしい。「ヘヴィーネガティブ」という考え方と「言葉」の力。

こんにちは、hiroです。

今回はうつ病における「ヘヴィーネガティブ」という考えについてシェアします。

僕の個人的見解が含まれますが、自分なりに、うつ病に向き合ってみました。

 

ヘヴィーネガティブとは

ヘヴィーネガティブとは、筋トレ用語です。

重りを使った筋力トレーニングをするときに用いるテクニックのひとつのことです。

ごくごく簡単に説明すると、ヘヴィーネガティブは、「自分の限界を超える負荷を体に与えることで、筋肉に大きな刺激を加えること」

限界を超える負荷を用いることで、筋肉が大きく成長します。

詳しい説明は下記の記事に譲るとして。

 

エキセントリック収縮の最高峰「ヘヴィーネガティブ」って知ってる?

 

僕はこのヘヴィーネガティブというトレーニングが、うつ病にも当てはまるのではないかと考えました。

※個人的見解が強いので、万人に当てはまるとは限らないということに留意していただけたらと思います。

うつ病とは

ここで説明するうつ病は、生理学的なものではなく、あくまで感覚のお話です。

 

うつ病は、気分や意欲が通常よりも低下してしまいます。

つまり、健康状態が±0の状態が、マイナスに落ちるということ。

しかもそのマイナスの状態が、低空飛行のようにずっと続きます。

 

僕も経験しましたが、この健康状態がマイナスの時は、ものすごく心と体がつらいです。

早く抜け出したいと思いながらも、自分ではどうすることもできないつらさ。

同じうつ病の人ならわかってくれるかもしれません。

 

けれどここで、僕は筋トレ用語である「ヘヴィーネガティブ」という考えを、うつ病に当てはめてみたいと思います。

うつ病とは限界を超える負荷がかかるということ

ヘヴィーネガティブという考えに当てはめると、うつ病はある意味、「自分の限界を超えた負荷を浴びている状態」だと僕は考えます。

つまり、常に自分を超える精神的・肉体的の何かしらの負荷が、心と体にかかり続けているということ。

なので、ものすごくキツいし辛いです。

 

ただ、筋トレのヘヴィーネガティブは、限界を超える負荷を与えると、筋肉を通常より成長させることができます。

筋肉が成長すれば、それだけ大きな力が出せるということ。

つまりヘヴィーネガティブは苦痛を伴うけれど、大きな筋力を得ることができます。

限界を超える負荷を与えると…

この仕組みをうつ病に当てはめてみます。

 

うつ病によって、心と体に限界を超える負荷がかかる。

そして、その負荷が耐えられないほどの苦痛を起こす。

しかし、この限界を超える負荷が、いつか体調がプラスに傾いたときに、自分自身を大きく成長させることができるのではなかろうか。

 

つまり、うつ病の人は、健康な人よりも大きく成長できる可能性を秘めているということ。

この成長というのは、心なのか、体なのかは正直わかりません。

もしかしたら、自分を取り巻く環境が良い方向に変わることもあるかもしれない。

 

筋トレでは、限界を超える重りが自分にのしかかることで、筋肉を大きく成長させる。

うつ病は、限界を超える精神的・体力的負荷がのしかかることで、うつ病寛解時や、治ったときに人間的に大きく成長させることができる。

これが、ヘヴィーネガティブという僕の考えです。

 

僕は元スポーツトレーナーだったので、筋トレのことはある程度熟知しています。

そのなかで、ヘヴィーネガティブというトレーニングは本当に大きな効果があることがわかっています。

この考えをうつ病に当てはまるのは、単純すぎるかもしれません。

苦い味を知っている人

「苦しい経験をしたほうが、人間として大きく成長できる」と言われることもあります。

その考えは間違いではないと思います。

人は苦難を乗り越えた先にこそ、見える景色がある。

その見える景色こそが、うつ病の人にしか得ることができない景色だと考えます。

 

ここまでポジティブに考えられるのは、自分が今、体調が上向きだからといえるかもしれません。

本当にどん底で、数分先の自分をイメージできないくらいの体調ならば、このヘヴィーネガティブの考えは、考えること自体不可能です。

 

僕もどん底の時、ある人に「この苦しみは大きな経験になるよ」と言われたことがあります。

そのときの本音としては、どうでもいいと思いました。

それよりも、今、この瞬間の苦痛をなんとかして欲しいというのが正直なところ。

未来の話を話されることほど、苦痛なことはありません。

 

けれど、その人が言ったように、「苦しみの先に成長がある」というのは、筋トレにおいても、人生においても、原理原則なのは確か。

だから「若いうちに、むしろ苦労を経験しよう」なんてことも言われる。

この原理原則をうつ病に当てはめるのは、今うつ病でものすごく苦しんでいる人には、イライラさせるかもしれません。

けれど、もし僕みたいに抑うつ状態が寛解して、体調が上向きになってきたら、この苦しい経験が今後の人生に生きるかもしれないと思えるかもしれません。

 

何度も言いますが、今は思えなくても、いつか思える日が来るかもしれない。

だからこそ、僕はこの記事を書きました。

自分を支えてくれる言葉,ありますか?

持論ですが、「言葉を知る」というのは生きる上で大きな助けになると思います。

ことわざや四字熟語は人生の教訓を意味していますよね。

その教訓を知っていたら、人生で苦しいこと、悲しいことがあったとしても、乗り越える力になってくれるかもしれません。

実際、僕自身、言葉にすくわれたことが何度もあります。

 

「病気が治ったら、今より大きくなって帰ってこい」

恩師の言葉

「自分の外側の世界は、自分の内側が作っていく」

ジェームズ・アレン:著「きっとすべてがうまくいく」

 きっと! すべてがうまくいく (PHP文庫)

「生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることに他ならない。

この要請と存在することの意味は、人により、また瞬間ごとに変化する。

したがって生きる意味を一般論で語ることはできないし、この意味への問いに一般論で答えることもできない」

ヴィクトール・E・フランクル:著「夜と霧」

 夜と霧 新版

「大切なのは、誰かに必要とされることなんかじゃないんだ。本当の意味で、自分に必要なものは何か、それを自分自身で見極めることこそが、本当は大事なんだ…(中略)…お前は、お前自身が必要とする生き方を見つけてきた。違うか?自分は、これをやって生きていきたい。これをやって暮らしていきたい、生きるって、実はこういうことなんじゃないか」

誉田哲也・作「幸せの条件」

  幸せの条件 (中公文庫)

僕は小説などの本を読んで、上記のような言葉に出会えました。

この言葉の一つひとつが、僕の支えとなっています。

 

僕は常に、「生きる意味って何だろう・・・」と考えてきました。

けれどその答えがわからず、「もういいや」と生きることを投げ出そうともしました。

けれど、フランクルさんの「夜と霧」という本で、生きるとは、自分に降りかかってくる様々な出来事や課題を受け止めるということ。

そしてその課題を果たしていくことなのだと学びました。

なので、僕がうつ病で苦しむということは、何か意味があると考えるのではなく、意味を自分で見つけ出し、その意味に答えていくということなのだと感じます。

自分のために、生きる。

僕は今まで、誰かの視線を気にして生きてきました。

けれど今は、「自分のために生きる。自分のやりたいことを見極めていこう」と決意しています。

今すぐに見つからなくてもいい。

むしろ見つからない。

それを探す旅に、自分自身を投じるのが大事。

 

言葉の力は、人生をも救うのかもしれませんね。

だからこそ、これからも本でもテレビでもネットでも、たくさんの言葉に出会っていきたいと思います。

長くなりましたが、ヘヴィーネガティブの考えから、かなり飛躍してしまいました。

すみません。

 

この記事が、苦しみや辛さを持つあなたの助けになれば嬉しいです。

今は理解できなくてもいいです。

けれどいつか、自分の心と体に小さいながらも変化を感じたとき、この記事のことを思い出していただけたら幸いです。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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